BPOが「配慮を欠く」としたフジテレビ「加害生徒の実名」流出 背景は現場の「超多忙」と「人権軽視」 

http://bylines.news.yahoo.co.jp/mizushimahiroaki/20130810-00027162/

2つめは、放送局のニュース現場の「多忙化」「分業化」だ。それは頭に「超」がつくほどだ。

よくよく考えてみると、1つのニュースを放送するのに、これほど多くの編集者が同時平行で編集するという現状は異常ともいえる。工場の作業ラインのように「超分業」で行うテレビニュースの「つくり方」に根本的な問題があるとみるべきだ。最近のニュース現場で編集作業をしたことがある人間なら、ある程度のミスはどうやっても、日常的に避けられないという実感を持つはずだ。何人もの人間たちが別々に分かれて作業すると、伝達や確認が行き届かないことはどうしても起きてしまう。

ニュースの現場をよく知る人による分析、批判だけになかなか鋭く説得的で、参考になります。
私も、しがない弁護士ながら、時々、取材を受けることがあるのですが、特に、電波系のマスコミ(その中でも特にテレビ)は、時簡に追われ、余裕なく取材しコンテンツを作っているのが、たまに取材を受けていてもひしひしと伝わるものがあります。私の場合、制作意図を理解して取材には応じるものの「迎合」はしないのですが(迎合すれば出られるな、と感じても、そうせず、出ずに流れてしまう場合もあります)、取材によっては、こういうコメントがほしいと、作ろうとしているものにかなり露骨、強引にはめこもうとしてくることもあって、結構、危険なものを感じることもあります(取材を受けたい、出たい、という人は山のようにいるので、迎合しておかしなことをしゃべったりする人も少なくないでしょう)。
検察庁でも、事件をきちんと正確にまとめるためには、主任検事が、全体をうまく見回して、チェックすべきところをチェックする必要がありますが、上記のようなニュースでの「分業」の実態に照らすと、1つのニュースに責任が持てる立場で全体として関与しチェックをかけるコントローラーのような人がいないとまずい、ということを感じます(従来「デスク」と言われてきたような人がそういう立場なのかもしれません)。
上記の記事の筆者は、人権軽視という点を指摘しますが、私が取材を通じて受けている印象では、人権を守ろう、尊重しよう、といった感覚は今ひとつとしても、こういうことはまずい、問題になる、といった意味での人権意識は、関係者も結構持っていて、「軽視」というよりは、忙しくて慎重に臨めない、手が回らない、というのが実態ではないかという印象を受けます。そうしたことにならないよう、人を、手厚くまでは無理でも、必要なチェックができるようには配置する、適当に休ませる、といったことも、今後、さらに配慮されなければならないでしょう。こうしたことは、ニュースの現場だけでなく、厳しい状況で動いている現場に、普遍的に必要なことでもあるのですが。