「サイバー犯罪と刑事捜査を考える 〜児童ポルノ単純所持規制の論点」のレジュメ

昨日、上記のテーマでの講演を、参議院議員会館内で行ったのですが
http://kokucheese.com/event/index/69491/

関心を持っている方も多いようですので、レジュメを、以下、貼り付けておきます。参考にして下さい。

サイバー犯罪と捜査を考える 〜児童ポルノ単純所持規制の論点〜
                    2013・2・20 弁護士 落合洋司
第1 検討の視点

 児童ポルノ単純所持規制については、いかなる行為が取締りの対象になるか(実体面)という問題とともに、取締りがいかにして行われることになるか(手続面)という問題がある。後者の問題は、いかなる取締りがあるべきではないか(危険性)の問題でもある。今回は、後者に主として焦点を当てて検討する。

第2 いかなる危険性があるか

 端的に言えば、不公平・偏頗な捜査、捜査権の濫用、捜査の過程で収集された証拠が誤って評価され冤罪を生みかねない、といった危険性ということになる。
1 不公平・偏頗な捜査、捜査権濫用の危険性
 児童ポルノ単純所持が犯罪、ということになった場合でも、警察が、あらゆる単純所持を取締りの対象にすることは、警察の人的、物的資源(リソース)から到底無理である。
現実的には、
a 児童ポルノの販売等の捜査の過程で判明した単純所持事案を立件
b 警察が内偵情報に基づき特定の被疑者を単純所持で立件
c 警察が、より大きな本件立件へと結びつける目的で「入口事件」「別件」として単純所持を利用
といったことが起き得る。abで、警察が取締りたいものを取締まるといった、不公平、偏頗な捜査が行われる危険性とともに、特に、cについては、殺人、放火等の重大事件、贈収賄等の端緒がつかみにくい事件で、捜査機関は、捜索差押許可状(令状)発付が受けられたり被疑者取調べの名目ができたり、といった事件を、入口事件(別件)として利用しがちであり、単純所持が、そうした利用をされる危険性は決して軽視できない。
 また、現在の令状実務では、捜査機関が提出した疎明資料に基づきそのシナリオ通りに令状が発付される傾向が強い(捜査の密行性の要請に基づき被疑者側の弁明は聴かれず秘密裏に処理されるため)。令状請求の根拠には定型的なものは求められておらず、捜査機関作成の捜査報告書など一方的な情報も令状発付の方向で利用される傾向が強い。従って、上記のa乃至cのような状況下で、捜索差押許可状、逮捕状等は、容易に発付されやすい。
 現在、遠隔操作事件の被疑者逮捕前に、警察情報がおそらくリークされて、マスコミが被疑者周辺で隠し撮りを繰り返していたことが問題になっているが、令状執行にあたり、事前に情報がリークされ警察がマスコミを引き連れて現場へ行き大々的に報道される、といったことが起きる危険性があることは容易に推察されよう。被疑者を社会的に葬る手段にもなり得る。
 上記のaの形態では、単純所持の「疑いがある人物」は、捜索差押許可状が発付される程度であれば、1つのケースで多数出てくる可能性が高い。警察としては、そういった情報を蓄積しておくことで、必要に応じ、フリーハンドで令状発付を受け様々な場所(被疑者の自宅だけでなく勤務先、立寄先等々)へと入り込んで行ける状態になる、そういった危険性には目を向けておく必要がある。
2 冤罪の危険性
 薬物など、「所持」(単純所持)が処罰される犯罪は従来からあるが、犯罪成立要件は、a対象に対する支配関係b対象に対する認識・認容(故意)になる。児童ポルノ単純所持罪でも基本的にはそのような構造になるはずである。
a 対象に対する支配関係
特に問題になるのは所持の対象に画像データも含まれることになることが予想される中
・ 一方的にメールで送りつけられてきた児童ポルノ画像
・ 誤ってダウンロードした(あるいはPC内に何らかの理由でたまたまキャッシュで残っている)児童ポルノ画像
といったものが、「所持」という認定を受ける恐れがあることであろう。薬物事件でも、例えば、知人が勝手に置いて行った薬物が発見、押収され所持責任が問題になるような場合があるが、そうした事態が、児童ポルノ単純所持についても起きてくる可能性が高い。微妙な事案では、捜査機関や裁判所の認定に誤りが生じ、犯罪として認定されるべきではないものが認定されてしまう、ということも起きよう。そういう危険性は生じ得る、ということは言える。
b 故意
上記aのような場合、本来、故意は認められない、ということになるはずであるが、PC内のデータについては、利用者の目の届く範囲にある、ということで、状況的に(状況証拠による認定として)、故意が(利用者が否認していても)「推認」(故意という主要事実を、データのPC内における存在、といった間接事実から認定する作用)される恐れがある。PCの利用状況やアクセス先のサイトにおける履歴(ログ)といったデータが、推認の根拠とされる場合もあろう。間接事実による推認、という過程は、評価、という側面が強いだけに、誤った故意の認定がされてしまう危険性が生じてくる。

第3 終わりに

以上、刑事手続面に焦点を当てつつ、実体面にも若干の検討を及ぼしてみたが、児童ポルノ単純所持を取締り対象にすることによる捜査権の濫用や冤罪等には現実的な危険性があり、今後、そういった規制を導入するにあたっても、各種弊害を防止する方策(犯罪成立要件の厳格化や捜査権濫用抑制対策等)が慎重に講じられる必要があろう。