星一の国際貢献 ドイツ科学界を救った日本人

http://sankei.jp.msn.com/life/news/121020/art12102009050001-n2.htm
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その人の名は星一(ほし・はじめ)、「ショート・ショート」と呼ばれる掌編小説のジャンルを確立した作家、星新一氏の実父である。彼は若き日に渡米、苦学してコロンビア大学を卒業し、明治38年に31歳で帰国して製薬会社や薬科大学を創設。一方で後藤新平と親しかったため、後藤の政敵から仕組まれたさまざまな妨害と戦いながら、激動の時代を果敢に生き抜いた快男児である。
その彼が後藤から、第一次世界大戦に敗北したドイツの科学界が実験用のモルモット一匹を買う金にも難儀しているとの話を聞く。この時である。星はこれまでドイツ科学界から日本が受けた恩恵に報いようと、自分が援助する旨を申し出る。金額は200万マルク、この破格の支援金は横浜正金銀行を通じてドイツに送金された。

かくて、風前の灯(ともしび)だったドイツ科学界は再建される。当時、世界から冷淡視されていたドイツの学者たちが東方の国からの格別の援助に感極まった様子が目に浮かぶ。

「これまでドイツ科学界から日本が受けた恩恵に報いようと」見返りを求めず身銭を切って破格の援助をする、という、太っ腹で思い切りの良いところが、とても好感が持て、感服するものがありますね。
力があり財力がある人や組織に擦り寄って行く人は多いものですが、力を失った、零落した存在に手を差し伸べる人というのは少ないものです。第一次大戦に敗戦した後のドイツに、善意からこれだけの援助をした人物の存在は、今後も長く語り伝えられるべきでしょう。