秀吉の埋蔵金、伝説では4億両超 多田銀銅山に探査ロボ

http://www.asahi.com/national/update/0822/OSK201108220038.html

県教委は伝説からは距離を置く。調査を担当する県立考古博物館(播磨町)の深井明比古課長は「多田銀銅山は長い歴史を持つ産業遺産。ロボットの力を借り、実態解明につなげたい」。今後も調査を続ける。

豊臣秀吉埋蔵金伝説〉 息子・秀頼の行く末を案じた秀吉が1598(慶長3)年6月、大坂城に残っていた朝鮮出兵の軍用金4億5千万両を多田銀銅山の21カ所の坑道に埋めた、と埋蔵を命じられた家臣の遺書などに記されていたとされる。現在なら兆円単位の価値だとする試算や、財力を誇張しただけとの見方もマニアの間にはあり、群馬県徳川埋蔵金茨城県の結城家埋蔵金と並んで「日本の三大埋蔵金」と称される。

埋蔵金については、かなり前ですが、

日本の埋蔵金 (中公文庫)

日本の埋蔵金 (中公文庫)

を、かなり興味を持って読んだ記憶があります。いろいろな埋蔵金伝説があり、その信ぴょう性は千差万別で濃淡がありますが、豊臣家の場合、大坂夏の陣大坂城が落城した後に、城内からかなりの金などが発見された事実もあり、その財力は並々ならぬものがあったことは明らかですから、4億両かどうかはともかく、万が一の際の再起を図る資金としていくつかに分けて隠匿した中に、多田銀山があったという可能性は、それなりにあるように感じた記憶があります。
本当に埋蔵金が発見されたら(霞が関埋蔵金、とかではなく、こちらが正真正銘埋蔵金ですが)、震災被災者の救済など、有益な使い道はいくらでもありますから、皆で、埋蔵金が発見されることを祈りましょう。