http://mainichi.jp/select/world/news/20091124ddm007030146000c.html
DNA鑑定によって誤審が判明したケースが続出、終身刑を創設した州もあることから、陪審員が死刑回避傾向を強めているとみられる。
最近、買ったままになっていた
無実を探せ! イノセンス・プロジェクト ? DNA鑑定で冤罪を晴らした人々
- 作者: ジム・ドワイヤー,ピーター・ニューフェルド,バリー・シェック,指宿信,西村邦雄
- 出版社/メーカー: 現代人文社
- 発売日: 2009/09/01
- メディア: 単行本
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を読み始めていて、まだ最初のほうを読んでいるのですが、読んだケースについて感じたのは、日本的な感覚に照らすと、捜査があまりにも杜撰で、こういう捜査をやっていては冤罪が続出するのも無理はないな、ということでした。
日本のように、捜査があまりにも強力かつ糾問的で、無実の人にもものすごいプレッシャーをかけ嘘の自白すらさせてしまうような「強すぎる」捜査というものも様々な弊害を生みますが、上記のような、あまりにもあっさりしすぎていて杜撰な、「弱すぎる」捜査というものも、起訴に問題のある事件をフィルタリングできず、陪審制の弱点と合体することで次々と冤罪を生み出しかねず問題があるでしょう。
刑事訴訟というのは一連のプロセスですから、捜査だけ、公判だけ、といった分断的な見方をせず、全体として有機的に連関し、人権を擁護しつつ真相を解明するという、バランスの取れたものを目指す必要があり、その意味で、そういった観点も踏まえつつ、強すぎる捜査、弱すぎる捜査というものをいかに改善すべきかということも考えるべきなのでしょう。
まだ、どうなるかわかりませんが、来年春以降、法科大学院で刑事訴訟法の講義を受け持つことになる可能性があるので、もしそうなったら、そういった問題意識も講義の中に反映させる必要があると感じています。