三尾有加子「実例捜査セミナー 毛髪鑑定を利用して覚せい剤使用を立証した事案」捜査研究683号p26

http://d.hatena.ne.jp/okumuraosaka/20090821#1250817361

孫引きになりますが、

この点,裁判例を調査したところ,毛髪鑑定の信用性を認め,証拠として採用した地裁裁判例(薬物の自己使用目的につき)は存在するものの,毛髪鑑定から直接的に薬物自己使用を認定した事案は見当たらなかった。これは,毛髪鑑定の場合,前記のとおり,その使用時期の推定方法が確立されたものとまでいえないこと.1度の覚せい剤使用で覚せい剤が毛髪に移行することはないと考えられていることなどから,結局毛髪から検出された覚せい剤が,起訴事実となる覚せい剤使用によるものであると特定できないために起訴自体がなされていないことによると考えられる。
しかし,被疑者が.覚せい剤使用の日時場所を含めて詳細に自白し.かつ,その自白に十分な信用性が認められ,毛髪鑑定により推定される薬物使用履歴と被疑者の供述内容が合致している場合には,その毛髪鑑定を自白の補強証拠として捉えれば覚せい剤使用につき,立証は十分であり,有罪判決を
得ることは可能であると考えた。
そこで,被疑者については覚せい剤取締法違反により起訴することとし,公訴事実は,被疑者の供述どおり「平成17年2月20日,自宅において炙りの方法で覚せい剤若干量を使用」とした。

こういった手法について、特に問題になるのは、上記の引用部分にもあるように、「1度の覚せい剤使用で覚せい剤が毛髪に移行することはないと考えられていることなどから,結局毛髪から検出された覚せい剤が,起訴事実となる覚せい剤使用によるものであると特定できない」ということでしょうね。
それにもかかわらず、自白が毛髪鑑定により補強されている、ということで起訴すれば、起訴事実にある「覚せい剤」は、厳密には鑑定による裏付けがなく、「世上、覚せい剤と言われているもの」「覚せい剤らしきもの」という限度でしか証拠がないということになります。上記の捜査研究で紹介されている事例の後、この種の起訴が次々と行われるようになった、ということはありませんが、それは、こういった根本的な問題点があるからではないかと思われます。
この種の起訴が日常的に行われるようになれば、自白依存、自白偏重の薬物事件捜査が横行することになり、自白について鑑定による厳密な裏付けがないまま、使用したのは、多分、毛髪から検出されている薬物だったのだろうという安易な認定が行われるようになって、過去に様々な事例の積み重ねの中で確立されてきた薬物事件に関する刑事司法実務を根底から覆すことになりかねないので、私は賛成しかねます。
こういった確立された刑事司法実務というものは、誤りをできる限り排除し被疑者、被告人の人権を保障することにも役立っている、という側面にも目を向けるべきでしょう。

追記:

上記の文献につき、ある方のご好意で、その全文に接することができました。ありがとうございました。>ある方
読んでみると、毛髪鑑定については、

毛髪内に薬物が取り込まれる原因を,血液から毛母細胞への移行のみとすることはできず,皮膚からの取り込みや,毛髪の角質化が進んだ後の汗腺からの取り込み,さらには外部汚染による取り込みも否定し得ない。したがって,覚せい剤が.毛髪形成時に毛細血管から毛髪内に取り込まれるという前提に立って使用時期を推定するという方法は,いまだ確立されたものとはいえない状況である。

とされています。このあたりが、現行の毛髪鑑定に対する検察庁の評価と見て良いでしょう。
著者自身が、「まとめ」の部分で、

毛髪鑑定で覚せい剤が検出されていても,被疑者がこれを否認し続ける場合には ,前記のように,覚せい剤を含む薬物の毛髪への移行,保持のメカニズムが十分解明されていない現状では ,使用時期の特定に困難が生じるのみならず,薬物使用の事実そのものの認定にも疑義が生じかねず,やはり毛髪鑑定のみでの立件は困難であろうと考える。

とコメントしていて、こういった毛髪鑑定に対する評価や上記のようなコメントを見ると、改めて、証拠構造としての脆弱性ということを感じざるを得ません。