南太平洋で戦死した弟の日記、66年ぶり姉の元へ

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080302-OYT1T00142.htm

日記には姉への感謝の気持ちもつづられており、台野さんは「成仏するように毎朝、仏様にお願いしていた。何がどうなって、今ここにあるのか」と何度も涙をぬぐった。

正さんは7人きょうだいの末っ子。42年1月、館山海軍航空隊に面会に来た家族について、「小遣いもくれるし幾ら私が謝絶しても駄目だった。益々(ますます)血肉の姉の有難(ありがた)さが身に沁(し)みる」などとつづられていた。
足腰が衰えた台野さんは、縁側に身を乗り出して日記を開き、「貧乏で進学させてやれなかったが、頭の良い子だった」と振り返った。同席しためい、生貫(うぶぬき)せつ子さん(76)(千葉県長生村)は「七五三参りの時、何キロも先の駅までおんぶしてもらった」と懐かしんだ。

お姉さんは96歳ということですが、この記事に添付されている写真で、縁側で日記を読みながら涙している姿が痛々しいですね。
ソロモン諸島で、この日記を書き、故国を、家族を思いながら若くして散った弟さんは、小さな漁船との衝突も避けられず衝突後もどたばたの醜態を演じている間抜けな「国軍」の大先輩ですが、今の日本の姿を、また「国軍」なるものを有様をあの世で見て、どのように思っているだろうか、と、ふと思いました。