公判前整理手続期日

今日の午後、ある事件で、初めて、公判前整理手続期日を経験しました。被告人が出廷を希望したこともあってか、法廷で行われ、傍聴人がいない状態で(傍聴席に司法修習生はいましたが)、2時間余りかかりました。
事件の具体的内容に関わることは、ここでは触れませんが、感じたのは、従前の刑事手続で、3者打ち合わせが行われる場合では、被告人、弁護人としては、公訴事実中の何を認め、何を争うかを明確にし、検察官請求証拠に対する認否を明らかにしておけば、まずは検察官立証が行われますから、とりあえずはお手並み拝見、という状態でいられたところが、公判前整理手続では、争点を明確にし取り調べる証拠を決める、という手続の目的もあってか、整理手続の中で、被告人、弁護人としても、ある程度早期に、何を争点とするか、何を主張し何を立証したいのか、といったことを明確にすることが求められる、ということでした。その意味で、従来のような、「お手並み拝見」という待ちの姿勢ではなく、早期に、積極的に打って出る、という姿勢、攻勢に出ることが求められる、という面があるように思います。
ただ、そうは言っても、権力をほしいままにして白いものも黒くしかねない(最近、「国策捜査」関係の本を読んでいるので、多少、刷り込みもありますが)、強力そのものの捜査機関に対し、被告人、弁護人の力には自ずと限界がありますから、そういった事情もうまく裁判所に考慮してもらいつつ手続が進められないと、検察庁の思うがままの整理がなされる、その意味で形骸化した整理手続、検察官の独壇場をさらに際立たせ被告人、弁護人がそれに色を添えるセレモニー、といったことにもなりかねないでしょう。やはり、そこは、そういった力関係の格差にも配慮した裁判所の適切な訴訟指揮、といったことが強く求められるのではないか、という気がします。
戦後にできた現行刑事訴訟法は、戦前における裁判所の職権性を払拭し、当事者主義を徹底した点に大きな特徴がありましたが、公判前整理手続は、そういった当事者主義的刑事訴訟の中に、部分的ではありますが、新たな形で職権主義を持ち込み、裁判所の権限と責任において円滑な公判運営を目指すことにした、という意味で、かなりユニークな制度ではないか、という印象を持ちました。