村上被告に懲役2年、追徴金11億4900万円・東京地裁

http://www.nikkei.co.jp/news/main/20070719AT1G1900O19072007.html

やはり有罪でしたね。

http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20070717#1184639567

執行猶予がつかない実刑、という結果も、ライブドア事件での裁判所の厳しい姿勢を踏まえると、私としては驚きはありません。
判決の第一報に接して感じるのは、以前、

http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20070323#1174652655

でコメントしたように、この種の犯罪が、「国民経済の適切な運営及び投資者の保護」に甚大な悪影響を与えるものであり、「市場や国民全体が被害者」であって、事案によっては、その被害には重大、甚大なものがある、ということを、裁判所が非常に厳しく見るようになっている、ということです。
従来は、証券取引法違反を一種の形式犯としてとらえ、執行猶予が付されることが多い傾向にあったと思いますが、ライブドア事件村上ファンド事件の流れの中で、裁判所が、この種の犯罪を明確に「実質犯」として捉え、重大、甚大な被害に見合う刑を宣告する、悪質な事案には実刑判決も躊躇せず宣告する、ということが明確になったということは言えるのではないかと思います。両事件とも、今後、上訴審で審理されることになるはずですが、有罪という判断が維持される限り、量刑面でのこのような傾向が変わるとは思われません。

村上被告に懲役2年 追徴金11億円余りの実刑判決
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070719-00000901-san-soci
【視点】村上被告判決 電子メールでの犯罪立証、価値高まる
http://www.sankei.co.jp/shakai/jiken/070719/jkn070719005.htm
<村上被告>「反省は皆無」顔上げ裁判長をにらむ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070719-00000056-mai-soci
インサイダー取引実刑の村上被告、7億円で再び保釈
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070719-00000130-mai-soci

追記1:

 あるところから「判決要旨」を入手して、早速、読んでみました。要旨ではありますが、裁判所の考え方がよくわかり、非常に興味深いものでした。若干、紹介して感想を述べておきます。
事実認定にあたり、裁判所が、

本件においては、村上ファンド及びライブドアの各社内、両者間、又は両者と外部との間で交わされた膨大なメールのほか、株式の取引記録、村上ファンドの業務記録など様々な客観証拠が存在しており、これらは事実認定の基礎となるべきものである。

と、まず述べていることが印象的でした。裁判所は、検察ストーリーを全面的に採用し、村上被告人らの公判での主張を排斥していますが、その根底には、検察ストーリーが上記のような客観証拠で強く支えられている、という判断があるものと推測されます。このような証拠構造で、今後、村上被告人らが従来の争い方を継続しても、裁判所の判断を覆して行くことはかなり困難ではないか、というのが、私の率直な印象です。
先に

http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20070717#1184639567

でコメントしたように、本件では、「決定」があり、それが「伝達」されたかが問題になりますが、裁判所は、決定、すなわち、

ライブドアの業務執行を決定する機関が、同社においてニッポン放送の総株主の議決権数の100分の5以上の株券等を買い集めることについての決定


につき、「業務執行を決定する機関」は、実質的に会社の意思決定と同視されるような意思決定を行うことのできる機関であれば足り、本件では、ライブドアの堀江、宮内がそのような機関であり、両者一致で、公開買付け等を会社の業務として行うという意思を決定している以上、機関決定としては十分である、と判断しています。
 弁護人は、上記のような決定について、実現可能性や真摯性等が必要である旨主張していたようですが、裁判所は、そういった弁護人の主張を完全に一蹴していて、上記のような決定については、機関において公開買付け等の実現を意図して行ったことを要するが、それで足り、実現可能性が全くない場合は除かれるが、あれば足り、その高低は問題にならない、としています。
 ただ、この点については、実現可能性が全くないわけではないが非常に低い場合、かなり低い場合はどうか、という問題が残るでしょう。裁判所は、高低の問題は、あくまで情状で評価されるに過ぎない、と考えているようですが、今後、上訴審で法律解釈の問題として争われる可能性があるように感じます。
 なお、裁判所が、「実現可能性の高低は量刑事情として重要なので検討する」とした上で、

現実に5%買い集めに必要な資力や、ライブドアの財務状況、資金調達能力、同社が現実に大量の買い集めを実現させたこと等に照らせば、同社がニッポン放送株を大量に買い集める決定が実現する可能性はかなり高かったと認められる。

と断言している点も注目されると思います。
 次に、「伝達」ですが、焦点となっている11月8日の会議について、裁判所は、会議が開かれた経緯(9月15日の会議で村上被告人からの働きかけがあり、その後、ライブドア側では村上ファンド側と頻繁に連絡を取り合いながら検討、準備を進め、10月20日ころまでには資金調達の一応の目処がつき、村上ファンド側に会議の開催を求めた)を認定した上で、

11月8日会議では、ライブドア側から、被告人ら村上ファンド側に対し、ニッポン放送株の3分の1以上を買い集める旨、明確に意思表明があり、かつ、そのための資金調達の見通しとして、300億円を外資系金融機関からの融資等により調達できる見込みであるという内容が説明されたことに疑いはない。

と断定しています。この辺りは、上記のような客観証拠が重視されている可能性が高いでしょう。
 弁護人は、上記のような「決定」「伝達」が仮に存在したとしても、村上被告人には、故意を基礎づける事実の認識がなく、故意がなかった、という主張もしていたようですが、裁判所は、「決定」についての弁護人の独自の見解を前提としたもので採用できない、と一蹴し、村上被告人の故意に欠けるところはない、と認定しています。
 裁判所による「決定」「伝達」の認定を前提とする限り、故意がない、という主張は、かなり苦しい、というのが、私の率直な印象です。
 「量刑の理由」にも、かなり注目されるものがあります。「要旨」でありながら、かなり詳細なのですが、私なりにまとめると、

1 本件は、監査役から「アクティビスト活動」(裁判所によれば「潜在的企業価値を実現できていない企業の株式を中長期で買い付け、その後、企業価値を実現するように働き掛けて、これにより企業価値が顕在化することにより、それを株価に反映させるもの」)と「投資顧問業」を別会社で行うよう助言され分社化しながら、実態としては一体的にこれを支配し、村上被告人が一人で行うという運営体制それ自体が招いたものであり、村上ファンドの組織上の構造的欠陥に由来するもので、偶発的犯行ではなく必然的なものであった。
2 村上被告人は、豊富な資金を使えるファンドマネージャーという、一般投資家が模倣しようとしても決してできない特別な地位を利用して犯行に及んだ。
3 フジテレビに対してはTOBを働き掛け実施させておきながら、その一方ではライブドアに対し「経営権を取れる」などと甘言を用いニッポン放送株の大量取得を持ちかけ、両者を両天秤にかけていたもので、ライブドアからインサイダー情報の伝達を単に受けたのではなく、自らの利得のため、ライブドアをしてインサイダー情報を「言わせた」もので、当事者性が強く、慄然とするほどの徹底した利益至上主義であって、悪質である。
4 本件により村上ファンドが巨額の利益を得ている上、村上被告人個人も多額の利得を取得しており、このような巨額の利益は、不公正な方法で一般投資家を欺き、不特定多数の損失の上に得られたもので、証券市場の信頼を著しく損ねた。しかも、ファンドは解散し、巨額の利益は匿名の出資者に払い戻され、原状回復の手段を取るべくもなく、村上被告人も多額の利得をそのまま保持し続けている。
5 起訴前は事実を認め謝罪したものの、法廷では態度を一変させて否認し、巧みに問題をすり替え、不合理な内容の弁解に終始し、反省は皆無である。

といった点を厳しく指摘し、村上被告人の責任は重大であるとし、被告会社(株式会社MACアセットマネジメント)の責任についても、コンプライアンス体制が機能していなかったことなどから、やはり重大である、と断定しています。
この辺りは、無罪を主張する否認事件であることから、情状立証ができていない、ということも、かなり影響したものと推測され、今後、控訴審等で法廷戦術を転換するような場合には、情状立証をきめ細かく行う(もう遅いかもしれませんが)ということも、検討すべきではないかと思います。
そして、裁判所は、最後に結論として、

以上のとおり、様々な情状事実を検討してきたが、本件の買付け額は類を見ないほど巨額であり、ファンドマネージャーといういわばプロによる犯罪という重大性、犯情自体も悪質であること、原状回復の手段がなく、犯罪による利得が保持されており、被告人に対する追徴によってもその一部を剥奪し得るにとどまること、市場の適正化とその重要性の高まりからして、本罪の処罰も厳重に行う必要性が高まっていること等に鑑みれば、酌むべき事情を最大限に考慮しても、被告人には懲役刑の実刑を科するのが相当であり、被告人及び被告会社に法定刑の最高額の罰金刑を科し(被告人には併科)、さらに得られた財産の理にかなった剥奪のために、被告人から判示金額の追徴をするのが相当である。

としています。本エントリーの冒頭で指摘した、ライブドア事件及び本件という流れの中での裁判所の姿勢がよくわかります。
 検察ストーリーが全面的に採用され、被告人・弁護人としては「完敗」と言っても過言ではなく、この判決に対し、今後の控訴審等でどのように立ち向かって行くか、従来の方針を踏襲するのか、あるいは、方針を転換するのか、という、かなり難しい状況に追い込まれてしまった、ということは言えるのではないかと思います。

追記2:

 この判決の持つ意味、ということを少し考えてみましたが、上記の通り、この種犯罪に対する裁判所の厳しい姿勢が改めて明らかになった、ということは大きいと思います。
 また、従来、疑問が呈されてきた、この種事件における「機関決定」をどこで捉えるか、という問題について、既に出ている判例や学説等を具体的な事件にあてはめ、その存在を肯定した、ということで、今後の実務に与える影響は大きいでしょう。ただ、上記の通り、「実現可能性」という点で、本件における裁判所の判断に疑問も残り、上級審における慎重な検討を望みたい、という気がします。
 今後も、村上被告人のように「プロ」を自任し、様々な情報を駆使し、巧みな駆け引きを行って、株取引により巨額の利益を得ようとする人々は出るはずですが、刑事罰という思わぬところで足をすくわれないために、要所要所で立ち止まって考え、必要に応じて専門家のアドバイスも受け、受け入れるべきは謙虚に受け入れて、慎重に行動する、ということが、やはり必要ではないかと思います。そういったことが可能な態勢を、個人として、あるいは組織として、日頃から確立しておく、ということも、本件から導かれる教訓かもしれません。

追記3:

村上ファンド事件1審判決・残る法律上の問題点(日経産業新聞の記事に関連して)
http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20070722#1185033915