交渉力と落としどころ

先日、あることで、話し合いのため、ある方々と会う機会があった。相手方は、弁護士を同席させており、話し合いに入った。
私が、こちらの立場をまず説明したほうが良い、と考え、そのことを断った上で説明していると、相手方の弁護士が、途中で激昂し、こちらの話をさえぎり文句を言い始め、話をさせるように言っても邪魔してやめない。迷惑なので、強く言ってやっとやめてもらった。
法律論も問題にはなるが、そういうことを議論してどうなる問題でもないのに、先方の弁護士は、法律論に執着して、ぐずぐずと文句を言ってやめない。時間がもったいないので、ここでそういう議論をしても仕方がなく、そういう議論がやりたければ、将来、裁判所でやりましょう、と言うと、渋々、という感じで口にしなくなった。
他人事ながら、見るからに、また、聞くからに(そもそも、けんか腰でしか物が言えないのでは、喧嘩にはなっても交渉にはならない)、説得力というものがまるで感じられない弁護士であった。
交渉というのは、相手があることであり、自分が弁護士だからといって、弁護士を相手に激昂したり法律論を振り回したりしても、なかなか優位には立てないし、落としどころを見つけるのは難しい。交渉に入り、話をする中で、相手の論拠を確認し、こちらの主張を明らかにして、妥協点が見出せないかどうか、見出せるとした場合、どこが落としどころか、といったことをごく短時間で判断できないと、弁護士バッヂをつけた人間が、わざわざクライアントについてきた意味はないだろう、と感じた。
妥協点が見出せなければ、あきらめるか、あるいは法的措置(提訴など)を速やかに検討すべきで、同じようなことをぐずぐずと言っていても、時間の無駄でしかない。
結局、引き続き話し合いましょう、ということになって、帰りがけにその弁護士の司法修習期を聞いてみると、登録して2年か3年といった程度ではなく、そろそろ中堅の域に達するような期であった。
交渉力とか、交渉の中での落としどころ、といったことの重要性を再認識した出来事であった。