供述調書(特に検察官面前調書)について

一昨日のコメント欄で、

しかしながら、刑事訴訟法を学んだ身としては、検面調書と弁護士のとった調書で、あのような訴訟法上の違いがもたらされるのか、腑に落ちませんでした。また、普通に報道を聞いている人にとっては、このような訴訟法上の扱いの違いなどわかりませんので、「公判廷の証言より調書のほうが信用性があると判断された」という報道だけ聞いていると、検察が優遇されているとの感想を持つにいたると思います。

上記の扱いの違いについて、よろしければ、検事と弁護士という2つの立場を経験なされた落合先生から、合理的に納得できるものであるのか、といったことの解説をしていただけると、非常にありがたく思います。

とあり、また、西武鉄道元社長の自殺について、

東京地検特捜部には任意事情聴取者の自殺の責任はないのか?」
http://beatniks.cocolog-nifty.com/cruising/2005/02/post.html

という、非常に鋭く厳しい批判も出ているので、若干、検討しておきたい。
検察官面前調書(検面調書)については、ご存じの方はご存じの通り、刑事訴訟法上、

第321条 
1項
被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは、次に掲げる場合に限り、これを証拠とすることができる。
(1号略)
2  検察官の面前における供述を録取した書面については、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異つた供述をしたとき。但し、公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するときに限る。
(以下略)

という規定があり、上記の321条1項2号により、検面調書には、特別の証拠能力が認められている。すなわち、供述者が、公判廷で、検察官の立証上、不利な証言をした場合、同号後段により、その前に作成されていた検面調書に、
1 相反性
2 特信性
が認められれば、証拠とできるのである。死亡とか証言拒否等により証言自体が得られない場合は、異論はあるものの、特信性を要件とすることなく検面調書が証拠になる。
したがって、検察官は、有罪立証の核になる供述証拠については、是が非でも検面調書を作成しようとすることになる。特に、供述証拠が主たる証拠になる知能犯事件(自殺した西武鉄道元社長に関して問題になっていた証券取引法違反もいわゆる知能犯の一種である)では、検面調書は極めて重視され、起訴前に、徹底的な取調べに基づいて詳細な検面調書が作成されるのが通例である。
検面調書が作成できるかどうかが、起訴不起訴に影響を及ぼすため、何が何でも作成する、ということになりやすい。上記のブログでも指摘されているような、長期間、長時間にわたる綿密な「任意」取調べが行われることも少なくないし、後日、供述の任意性が問題になるような取調べが行われたのではないかということが問題になることも少なくない。
なぜ、そこまで検面調書にこだわるのか、という疑問を抱く方も少なくないと思うが、検察官の認識では、社会的影響の大きい事件、関係者が多数いる事件、組織的に行われた事件では、公開の法廷で真実を語れない者が多く、検面調書で「がっちりと」真相を語らせておいて、将来、公判廷で供述が翻るような自体が生じても、検面調書で確実に有罪を獲得しようと考えているのである。
現在の刑事裁判では、こういった検察官の姿勢は、裁判所によっても全面的に受け入れられていると言っても過言ではない。検面調書と食い違った証言が出た場合、上記のような「特信性」が認められない、ということは、まずないし、裁判所に、特信性を厳しく吟味して、検面調書の採否を是々非々で厳しくチェックしようという姿勢も、残念ながら見られない。
このように言うと、裁判所側から、「そんなことはない。」といった反論が考えられるが(どんどん反論していただきたいものである)、検面調書について、「具体的かつ詳細である。」(他人の供述も材料にして、これでもかこれでもかと押しつけられたりすれば、具体的かつ詳細になるのも当然)とか、「理路整然としている。」(供述者から得られた断片的なパーツのような供述を、取調官が物語形式に構成し、足りないところは他人の供述等も参考にすれば、理路整然になるのも当然)などといった理由で特信性を肯定していること自体が、検察官ペースで認定しているということに他ならない。私も、検察官時代は、そういった裁判所の姿勢に随分助けてもらったものである。
しかし、このような状態は、おそらく、裁判員制度の下では維持するのが極めて困難であろう。現在の裁判所が、上記のような理由で簡単に肯定している特信性が、裁判員によって同様に認定されるとは、到底考えられない。検察庁は、おそらく、既に、裁判員制度を見据えた特信性の効果的立証方法を検討しているはずである。何が検討されているかはわからないが、その答えは、裁判員制度が実施された後に、公判の中で明らかになって行くことだろう。