虚偽自白(続々)

虚偽自白について、私の恥ずかしい経験を含めて述べたが、現役検事時代の私は、被疑者を自白させるほうの検事だったと思う。今回は、敢えて虚偽自白をしていた被疑者に、虚偽自白を撤回させたという体験を紹介しておきたい。
虚偽自白させてしまった、という時よりも、何年か後で、私も、若手から中堅の域に達しようとしていた。あるところから発見された薬物について、その場所に出入りしていた人間を、警察が逮捕、勾留し、捜査を行っていたが、「自分のものではない」の一点張りで、捜査は難航していた。
そこに、「実は、その薬物は私のものです。」という人間が現れたのである。一種の自首であるが、申し出てきた人間は、先に逮捕、勾留されていた人間に使われている立場であった。先に逮捕、勾留されている人間の勾留満期(延長後)は、2,3日後に迫っていた。
証拠を見直してみると、その薬物については、先に逮捕、勾留された人間のものとしか考えられず、後から出てきた人間は、勾留満期目前という時期を狙い、捜査をかく乱するとともに、先に逮捕、勾留された者を釈放させるために、敢えて出頭してきたとしか考えられなかった。しかし、このままでは、先に逮捕、勾留された者はもちろん、他方も起訴できない可能性が高い。
後から出頭してきた者の事件が、検察庁に送致され、私が弁解録取を行うことになった。通常であれば、30分以内で終わるような取調べであるが、ここは、じっくり取り調べて、虚偽自白を徹底的に粉砕しようと心に決めて、徹底的な取調べに入った。問題となっている薬物との具体的な関わり、先に逮捕、勾留された人間との関係、なぜ今になって出頭したのか、等々、疑問点を次々とぶつけて行くうちに、相手も、次第に説明が困難になってきたので、「嘘をついてどうする。他人をかばって本当に刑務所に行くのか。嘘を突き通すと取り返しがつかないことになる。やってもいないことで刑務所に行ってどうする。」といったことを、諄々と説くなどしたところ、3時間くらい経過したときに、「実は、かばって嘘をついていました。」と、「虚偽自白」していたことを「自白」したのである。
そういう状態になると、それまで頑張り続けていた反動が来たのか、問題の薬物が、先に逮捕、勾留された者の物であることの裏付けになる話とか、「虚偽自白」をして出頭してくるまでの経緯などが、堰を切ったように供述として出てきて、先に逮捕、勾留された者を起訴する上での有力な裏付け証拠になり、自信を持って起訴することができた。その者は、その後、何の問題もなく有罪になり、「虚偽自白」していたほうは、問題の薬物についての関与がないことが確認できた時点で釈放し、不起訴処分としたと記憶している。
この事件では、所轄警察署が、被疑者らにかき回されて、かなり翻弄されていたが、結局、検事の私が奮闘(?)して、うまく事件がまとまって、後日、所轄警察署の課長さんらが検察庁にお礼の挨拶に来たのを覚えている。若手検事の時には所轄警察署の刑事課長に救われたこともあった私であったが、その後、少しは成長した、ということかもしれない。
捜査機関から強いられた結果としての虚偽自白について語られることが多いが、それだけでなく、上記のように、いろいろな思惑から、敢えて虚偽自白をする者もいる。自白の取扱いの難しさがわかっていただけるのではないかと思う。