虚偽自白

盗撮目的の女子トイレ侵入容疑で逮捕、勾留された司法修習生が釈放されたことが話題になっており、その人が、当初は自白したものの、その後否認に転じたことについても論じられている。
その関係で、私の経験を紹介しておきたい。恥ずかしい話なので、今まで、ほとんど他人には話していなかったことである。
検事になって数年たち、まだまだ若手ながら、自分なりに自信のようなものがついてきた頃だった。ある共犯事件で、逮捕、勾留された共犯者の1人を取り調べていた。その被疑者が、ある場所に行ったかどうかが重要性を帯びており、私は、別の共犯者の供述(一緒に行ったと明言)もあったので、「行った」と見ていたが、その被疑者は、「行っていない」と強く否認していた。
その後、徹底的に追及し、違法なことはしないものの、相当厳しく取り調べ、その被疑者は、「行きました」と自白し、その内容の供述調書も作成した。
ところが、である。
この事件の所轄警察署の刑事課長が、優秀かつ慎重な人で(今でも名前も顔も覚えているが)、若手検事があまりにも「行け行けー」という状態で突き進んでいることに不安を感じたようで、「行った」はずの場所に残っていた客観的な証拠(そこへ行くと受け取るものがあった、という感じ)を、捜査員に指示して徹底的に調べさせたのである。細かいことは覚えていないが、その結果、その被疑者が、そこには行っていない、ということが、客観的に裏付けられたのである。
要するに、共犯者の供述が間違っていたということであった(その共犯者も、意図的に虚偽供述をしていたわけではなく、勘違いしていた、ということだったと記憶している)。
私も、真っ青、という感じで、もちろん、その被疑者には事情を説明して謝り、再度、きちんと取り調べをやり直して、正しい内容の供述調書を作成した。非常に情けなかったのを覚えている。
その後、その被疑者に、「なぜ、行ってもいないのに、行ったと供述したのか?」と聞いてみたところ(人間関係は良好なものになっており、自分の勉強のためにも聞いてみた)、その被疑者は、諦めたような表情を浮かべて、「あの時は、検事さんが、行っただろうと強く言いましたからね・・・」と、しみじみと述懐していた。
こういう経験があったので、私は、虚偽自白というものが実際にあって、その原因が、取調官の間違った強い思い込みである、ということを痛感した。その後も、否認している被疑者を何人も取り調べたし、その結果、自白した被疑者もいたが、自分の見方を一方的に強くぶつける、ということは避けて、また、やむをえずそういう場面があった場合も、被疑者の主体的に供述できる環境が失われないように注意して、それまで以上に慎重に取り調べを行うようになった。
最近読んだ、ジュリストの平野龍一先生追悼号では、平野先生が、虚偽自白というものがあるのかと疑問に思われていたことが紹介されていたが、実際、こういうことはあるし、そこが実務の怖さ、と言うことができると思う。
問題の司法修習生の自白が、虚偽自白であったかどうかは、今後の捜査を待つしかないと思うが、「やってもいないことを自白するはずがない」とか、「司法修習生という立場にあって法律知識も豊富な者に虚偽自白はあり得ない」といった議論は、正しくないと私は思う。