自衛隊イラク派遣反対ビラ訴訟の判決文を読んでみて

コメント欄で紹介してもらった

http://homepage2.nifty.com/osawa-yutaka/heiwa-iraku-dannatu-hanketu.htm

を一通り読んでみました。
特徴として指摘できるのは、

1 住居「侵入」かどうかについては、従来の判例・通説に従い、管理者の意思に反した立ち入り行為であるとして、構成要件該当性を肯定していること(手堅い判断だと思います)
2 違法性(可罰的違法性)について、本件の具体的事情をきめ細かく検討する方法により、結論として否定していること
3 ただし、違法性については、あくまで本件で現れた事情に基づくものであり、同種行為が違法性を帯び有罪となる可能性を否定していないこと

といったところでしょう。
上記2については、被告人らが所属するグループが、長年、同種の活動を継続していたにもかかわらず、警告等も受けることなく放置されてきたことや、配布したビラの内容や配布態様も特に問題のあるようなものではなかったことなど、検討内容について、特に違和感を感じるようなものではありませんでした。
これが、「落合弁護士は弁護士辞めろ!というビラを自宅私有地に立ち入って玄関ポストに毎日撒かれる」といった執拗かつ過激な(?)行為であれば、裁判所の結論も違ったかもしれませんが、居住者の中の特定の人を狙ったわけでも、連日行っていたものでもないし、内容を見ても、どこにでもあるようなビラですからね。どういう証拠関係になっているかわかりませんが、この程度のビラのポスティングで、居住者が「不安でおびえて」いたとも到底思えません。
上記3について、判決文では、

 ② この点,検察官は,本件各立ち入り行為が刑事処罰の対象とならないならば,居住者や管理者は,被告人らの立ち入りを受忍しなければならなくなり,また,ビラ投函を隠れ簑とした不当な目的による立ち入りに対しても排除する手段を持ち得なくなり,かかる結論は不当であると主張する。
 だが,前述のとおり,被告人らが居住者や管理者の反対を押し切ってビラを投函する意図は有していなかったと思料されることからすれば,テント村に対して正式に抗議の申し入れをすることによって,敷地内に立ち入ってビラを投函することを止めさせることは可能であったと考えられる。そのような申し入れによって,居住者や管理者が敷地内への立ち入りを強く拒否していることが明らかになっても,立ち入りを続けた場合,あるいはビラの内容が脅迫的なものになったり,投函の頻度が著しく増える,立ち入りの際に居住者との面会を求めるなど,立ち入りの態様が立川宿舎の正常な管理及びその居住者の日常生活に悪影響をおよぼすようになった場合には,立ち入り行為の違法性が増し,刑事責任を問うべき場合も出てくると思料される。 また,不当な目的を秘した立ち入りを排除できないとの点については,必ずしもビラ投函を仮装する場合に限定される問題ではなく,他方,ビラ投函を仮装したものであるか否かは,従前のものも含めた立ち入り行為の態様,立ち入った者が所属している組織の性格等から,ある程度合理的に推認することができると考えられる。
 よって,検察官の主張には理由がない。

とされており、本件でも、管理者や警察が、立件の前に、きちんとした手順を踏んで警告を発し、それにもかかわらず侵入してきた、といった経緯があれば、結論は変わった可能性があると思います。なぜ、そういった警告をせず、いきなり逮捕したりするのか、については、これ以上言うまでもないでしょう。
私も、公務員宿舎には、通算で8年ほど住みましたが、ありとあらゆる人がどんどん「侵入」してきているのが実態です。押し売り、宗教その他の各種勧誘、犬を連れて散歩している人、宅配の人など、様々です。中には、休日に玄関先でチャイムを鳴らしてしつこく立ち去らないような人間もいますが、そういうものに較べれば、黙々と郵便受けにポスティングするだけという、本件の被告人の行為は、それほど迷惑なものではない、というのが個人的な感想です。正に「法益侵害の程度は極めて軽微」でしょう。もっと迷惑なことをしている者が誰も捕まっていないのに、本件の被告人が一種の狙い撃ちのような形で捕まり、しかも起訴されて、といった経緯を見たとき、これは、真の起訴価値があって有罪になるのが当然だ、とは非常に考えにくいでしょう。
裁判官も、普通は公務員宿舎に住んでいて、判決文に書いてあるような実態は、身をもって感じているはずでから、本件の被告人の行為について、可罰的違法性を認められなかった、というのは、わかる気がします。