匿名性に関する雑感(続)

更にもう少し。例えば「はてな」のサービスで、住所、名前等を登録していない人でも、あるいは、今後の登録でいい加減な情報しか登録していない人でも、日本国内の自宅や会社などからごく普通にサービスを利用しているような人は、民事・刑事手続の中で身元を追及されると、ほぼ間違いなく発信者であることが特定されることになると考えて間違いない。そういう意味では、「はてな」の利用者の「匿名性」というものは、一部の例外を除き、既に現時点で存在していない、と言っても過言ではないと思う。匿名性の排除による違法行為抑制、ということについては、私も、以前から、一つの方法であるとして是認しているが、自己申告で名前や住所を「登録」させたり、嘘の情報を登録すると利用制限される場合もある、といったことを宣伝するより、むしろ、上記のような実態を周知徹底するほうが、違法行為抑制、という点では効果があるかもしれないとも思う。
はてな」からの情報漏えいを心配する人が多いようであるが、上記のような現状を踏まえて考えると、いざとなれば現状でも発信者が特定できるのに、社員数名程度の管理体制に多大な不安がある会社が膨大な情報を持ってしまって本当に大丈夫?という意味での不安、疑問は、あながち不当なものとも言い難い面がある。
私の現状認識としては、匿名性の制限ということを、別にやってはいけないとは思わないし、利用者に対してきちんと理解を求め、住所や名前を登録してもらうとか、銀行口座やクレジットカードといった手段で本人確認する、といったことが、全くの無駄だとも思わない。一定の効果は期待できるであろう。
ただ、上記のような実態がある以上、現状でISP等が、いくら「本人確認を一生懸命やっています」などと言って、限界のある本人確認等を多大な手間暇をかけて行っても、捜査機関は、今後ともISPに圧力をかけたり、嫌がらせでガサをかけたり、見せしめに逮捕したり(起訴できなくても)といったことを続ける可能性は高いし、そういった実態は、起訴されない限り刑事裁判所の目には触れないし(触れても、日本の刑事裁判所は捜査機関ベッタリなので適当な理由をつけて正当化される可能性が高い)、民事裁判所も、「インターネットと週刊誌は目の敵」という状態なので(週刊誌については、先日の著名政治家の娘に関する東京地裁の判断に典型的に現れている)、だから免責してあげよう、などとは考えないだろう。
刑事裁判所が捜査機関ベッタリ、なら、民事裁判所は「目の前にある事件が片付けばいい」という姿勢で、憲法がどうとか、表現の自由がどうとか、また、プロバイダ責任制限法の立法趣旨がどうとか、あれこれ言っても、そんなことは彼らには関係ないわけで(司法試験に合格した後、憲法の本など読んだこともない人が少なくないはずである)、ISPとか週刊誌は、名誉毀損等の元凶、くらいにしか思っていないので、最初から、ISPとか週刊誌敗訴、という結論を決めてしまうと、結論に沿う形で理由や根拠を付けて行くという作業が行われることになる。その意味では、そうやって作り上げられた理由や根拠を、いちいち真面目に検討するのも馬鹿らしいのであるが、一旦、裁判例として世に出れば、当然、一人歩きを始めることになるのが恐ろしい。
ファイルローグ事件の中間判決を見ても、本人確認を行えば免責される余地があった、などという読み方ができるような内容ではなく、責任を肯定する理由をあれこれ挙げている中で、本人確認も行っていない、ということを指摘しているに過ぎないのである。あくまで仮定の話であるが、日本MMOが何らかの本人確認を行っていたとしても、そのような不十分な確認では免責されるはずがない、といった形で一蹴されていた可能性が高いと私は考えている。「十分」と考えて行ったことでも、裁判所から「不十分」と一蹴されれば、それでおしまいであり、例えば、現在、「はてな」が行おうとしている登録制度程度では、もし、将来、裁判所の目に触れることになれば、一笑に付されて終わりだと思う。
私は、裁判官の経験はないが、検察庁の内部から、裁判所(刑事だけではあるが)の判断過程をかいま見た経験はあり、有罪でも無罪でも、どちらで判決が書ける微妙な事件で、一旦、裁判所がどちらかの結論を決めてしまった場合、結論が有罪であれば有罪方向の証拠を徹底的に取り上げ無罪方向の証拠は徹底的に排除、逆に、結論が無罪であれば無罪方向の証拠を徹底的に取り上げ有罪方向の証拠は徹底的に排除、という作業を行うことを経験上知っている。全く同じ証拠関係で、裁判所は、そういったことがどちらでもできるのである。
なかなか結論のようなものが出てこないので、あくまで「雑感」である。