司法研修所の機能及び重要性について

いろいろなブログとか、このブログのコメントなどを見ていると、司法研修所の機能や重要性に対する認識が薄いのではないかと思われるものが散見されます。司法研修所が果たしてきた、また、現在果たしている機能について理解した上で、廃止とか縮小を唱えるのは、もちろん一つの考え方ですが、理解しいないまま論じるのはどうか、と思います。
司法試験受験生にとっては、司法試験というものが最大の関門であるという意識が強く(それはそれで当然ですが)、合格後は、司法試験レベルの知識で当然実務家になれるような感覚を持っている人が多いと思いますが、それは間違いです。司法試験で試されているものは、あくまでも基本的な法律に関する知識や法解釈能力、といったものであり、それで実務家としてやって行けるほど甘いものではありません。
司法研修所で行われている教育については、ここで一口に説明するのは困難ですが、民事裁判、刑事裁判、検察、民事弁護、刑事弁護の各科目について、各クラス(私のころは1クラス50名弱でしたが、今は80名前後くらいになっているようです)に専任の教官(現役の裁判官、検察官及び弁護士)がつき、証拠の評価、事実認定、事実関係の整理、起案の方法といったことのほか、交互尋問とか模擬裁判といったこともカリキュラムの中に組み入れられています。司法研修所で行われる集合教育(前期、後期)の間に、日本各地で行われる実務修習があり、裁判所、検察庁弁護士会で、各地の指導担当者の下で、現実の事件を通じて、個別の指導を受けます。
私の経験でも、2年間(現在は1年6か月で、今後は1年に短縮の予定ですが)の司法修習の中で学んだことには多大なものがあると思います。また、司法研修所が、戦後の50年以上の歴史の中で(同様の機能を持った機関は戦前からあったようですが)、蓄積してきた法曹教育のノウハウにも、多大なものがあり、ロースクールとは比べものにならないと思います。
合格者が増大した後の、1年制の司法修習では、現行の修習の内容を見直して、増大した人員に対応できるようにすべく、現在、関係当局で検討が行われているようですが、見直しを行っても、指導担当者の人数とか、実務修習地の受け入れ態勢(指導するほうは、本来の自分の仕事をしながら指導もするわけで、自ずと限界があります)などの問題は必ずついて回るので、3000名を大きく上回る修習生の受け入れというのは、おそらく、極めて困難でしょう。
これだけ手厚い司法研修所教育を行っても、残念ながら、質の良くない法律家(特に弁護士)というのは、現実に出ており、司法研修所教育を廃止したり、その教育機能が維持できないほど縮小したりすれば、実務法曹の大幅な質の低下といった深刻な問題が発生する恐れがあります。
「そこはロースクールで代替すればよいではないか」といった声が聞こえてきそうですが、学生に、司法試験に合格できるだけの基本的な法律知識や法解釈能力などを身につけさせるというところで、既に四苦八苦しているような現状を見ていると、司法研修所に代替することは、10年後、20年後(その時にロースクールがあると仮定してですが)はともかく、当面は無理と言うしかないでしょう。
合格者の人数を一定のところで限るというと、既存の法曹が既得権にしがみついているのではないか、とか、市場原理に委ねれば良いのではないか、といった意見が出て、まったくの的外れな意見とまでは思いませんが、司法研修所教育という側面からの限界があることや、それなりの教育を行った上で実務法曹として世に出る態勢を作っておかないと、質の悪い法曹が「市場」で淘汰される過程において、多数の国民が深刻な被害を受けるといった耐え難いことが生じる恐れもあることは指摘しておきたいと思います(そういう中で質の悪い法曹は淘汰はされるわけですから、市場原理に従って物事は動くわけですが)。