スマホ用追跡アプリが騒動に 勝手に行動を監視される危険も

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110906/crm11090621470027-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110906/crm11090621470027-n2.htm

問題のアプリの名称は「彼氏追跡アプリ カレログ」。8月30日にサービスが始まった。機能は相手のスマートフォンにアプリを入れることで、現在位置や通話記録、バッテリー残量などを把握できるものだった。
カレログのサービスは、追跡される側がアプリのインストールに同意することが前提だが、作業がスマートフォン上の画面で完結してしまうため、同意確認が不十分なのが問題だった。

悪用した場合について、元検事の落合洋司弁護士は「勝手にアプリを入れて追跡すれば、民事上はプライバシー侵害に当たることは明らか」とする。
一方、刑事事件になるかについて、落合弁護士は「適用条文が思いつかない」と話す。その上で、「こうした道具を使ってのストーカー行為などを規制する法律の整備が必要になってくるかもしれない」と警鐘を鳴らした。

これについて、最近、刑法で新設された、不正指令電磁的記録供用罪(刑法168条の2第2項)が成立するのではないか、と考えている人もいますが、結論から言いますと、同罪は成立しない可能性が高いでしょう。
この問題を考える上では、法務省が公表している、

いわゆるコンピュータ・ウイルスに関する罪について
http://www.moj.go.jp/content/000076666.pdf

が参考になりますから、以下、これを参考にして検討してみます。
「不正指令電磁的記録」とは、「人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせ ず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録」ですが、法務省の解説によると(やや長くなりますが)、

あるプログラムが,使用者の「意図に沿うべき動作をさせず,又はその意図に反する動作をさせる」ものであるか否かが問題となる場合におけるその「意図」は,個別具体的な使用者の実際の認識を基準として判断するのではなく,当該プログラムの機能の内容や,機能に関する説明内容,想定される利用方法等を総合的に考慮して,その機能 につき一般に認識すべきと考えられるところを基準として判断することとなる。
したがって,例えば,プログラムを配布する際に説明書を付していなかったとしても,それだけで,使用者の「意図に沿うべき動作をさせず,又はその意図に反する動作をさせる」ものに当たることとなるわけではない。
また,プログラムによる指令が「不正な」ものに当たるか否かは, その機能を踏まえ,社会的に許容し得るものであるか否かという観点 から判断することとなる。
不正指令電磁的記録に関する罪の処罰対象となるのは,このような 意味での不正指令電磁的記録であり,これに該当するか否かの判断において核となるのは,そのプログラムが使用者の「意図に沿うべき動作をさせず,又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える」か否かである。
例えば,ハードディスク内のファイルを全て消去するプログラムが, その機能を適切に説明した上で公開されるなどしており,ハードディスク内のファイルを全て消去するという動作が使用者の「意図に反する」ものでない場合は,処罰対象とはならない。
他方,そのプログラムを,行政機関からの通知文書であるかのよう に装って,その旨の虚偽の説明を付すとともに,アイコンも偽装する などして,事情を知らない第三者に電子メールで送り付け,その旨を誤信させて実行させ,ハードディスク内のファイルを全て消去させたというような場合には,そのプログラムの動作は,使用者の「意図に反する」「不正な」ものに当たり,不正指令電磁的記録として処罰対象となり得ると考えられる。

とされています(ポイントとなるところを赤字にしてみました)。
カレログの機能は、

http://karelog.jp/

といったものですが、使用者の意図、を上記のような意味(個別具体的な使用者の実際の認識を基準として判断するのではなく、当該プログラムの機能の内容や、機能に関する説明内容、想定される利用方法等を総合的に考慮して、その機能につき一般に認識すべきと考えられるところを基準として判断)で考えると、カレログのサイトで説明されているような内容が一般に認識すべきと考えられる機能で、それが使用者の意図であると言えるでしょう。確かに、そういった機能であると知らずに使ってしまう個別具体的な使用者が出てくる可能性がありますが(それ自体、このアプリの問題なのですが)、だからと言って、そのような個別具体的な使用者の実際の認識が基準になるものではない、ということに、まず注意する必要があります。そこは、法務省による説明で例にあがっている、説明書が付されていないケースと対比するとわかりやすいでしょう。
また、指令が不正と言えるかどうかについても、上記のような意味(その機能を踏まえ、社会的に許容し得るものであるか否かという観点 から判断)で考えると、カレログの機能中、現在位置の把握は、既に、通信キャリアや警備会社等による位置情報サービスにより実現されているもので、また、通話記録やバッテリー残量の把握も、社会的に許容し得ないものとまでは言いにくいでしょう。使用者の意図(個別具体的なものではなく、あくまでも規範的なものですが)に反しない状態で行われるのであれば社会的に許容されないものではない、と言ってもよいでしょう。
カレログの機能自体は、特に何かを隠したりすることなく説明され公開されているようであり、したがって、個別具体的には使用者の意図に反する場面があり得るとしても、規範的な観点で、「意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える」とは評価できないと私は考えます。
とは言え、産経の記事で私がコメントしているように、同意を十分得ないままこのアプリがインストールされ、知らないうちに追跡、把握されてしまうようなことが起きれば、プライバシー侵害といった民事上の問題は当然生じますし、そういったことが起きてしまうような状態のまま漫然とアプリを販売するようなことは、企業としても行うべきではないでしょう。
今後、こういったアプリを使って、他人の行動を把握しようとする場合、刑事上の犯罪行為にはならなくても、民事上の不法行為には十分なり得る、危険なものである、ということをよく認識し、慎重に対応すべきと思います。

2011年09月06日のツイート