刑事公判における検察官面前調書

厚生労働省局長が起訴された事件で、検察官が請求していた検察官面前調書(以下「検察官調書」)の相当数が却下されましたが、どういった経緯でこのような事態になったのか、ちょっとコメントしておきましょう。
刑事訴訟法では、伝聞証拠(事実認定を行う裁判所の面前における反対尋問を経ていない供述証拠)の証拠能力が原則として否定されているので、伝聞証拠である検察官調書については、被告人、弁護人が証拠になることに同意しない限り、例外として許容されなければ証拠にはなりません。
そこで問題になるのが、刑事訴訟法321条1項2号で、

検察官の面前における供述を録取した書面については、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異つた供述をしたとき。但し、公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するときに限る。

その後段で、「又は公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異つた供述をしたとき。但し、公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するときに限る。」とある、

1 相反性
2 特信性

を満たすことで証拠能力が認められます。特に問題になるのは特信性です。
この特信性は、「公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき」とあるように、相対的なもので、公判における証言の信用性が低いからということで認められる場合もあれば、検察官調書作成時の信用性が特に高かったからということで認められる場合もあって(その双方が肯定されることもありますが)、ケースバイケースです。
検察官取調べ時の特信性を立証するため、取り調べた検察官が出廷して証言することもあり、元厚生労働省局長の公判で取調べ検察官が証言したのは、そういった立証のためでした。
従来は、取調べ検察官が出廷して証言までしたようなケースでは、裁判所が特信性を否定することは、まずありませんでしたが、否定されるようになったことに、時代の流れ、変化ということを強く感じるものがあります。
捜査当局が取調べの可視化に頑強に反対している間に、取調べの醜く酷い側面に、裁判所が厳しい目を向けるようになり、かつてのように、建前、きれいごとのオンパレードにだまされて(あるいは、だまされた振りをして)、検察官調書採用、有罪、一丁上がり、とは進めてくれなくなってきているということでしょう。

面会権侵害訴訟:任意聴取容疑者、面会拒絶は違法 都に賠償命令

http://mainichi.jp/select/jiken/news/20100527ddm041040133000c.html

都側は「任意聴取中の容疑者に弁護士との面会権を保障した規定はない」と主張したが、畠山裁判長は「面会権は刑事訴訟法が保障する弁護人依頼権に含まれる」と指摘。「任意聴取中でも、捜査機関は弁護士から面会の申し出があれば容疑者に伝え、容疑者が希望した場合は措置を講じるべきだ」と述べた。
判決によると、弁護士は09年4月、板橋署で覚せい剤取締法違反の疑いがあるとして任意聴取を受けていた容疑者への面会を申し出たが、署員は「今は会わせられない」などと拒絶した。

刑事訴訟法39条1項は、

身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(弁護士でない者にあつては、第31条第2項の許可があつた後に限る。)と立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。

と規定していて、では身体の拘束を受けていない被疑者、被告人の接見についてはどうか、という問題が以前から議論されていますが、安冨・刑事訴訟法219頁でも論じられ、上記の記事にある判決でも指摘されているように、弁護人依頼権の一環として自由な接見交通も認められていると見るべきでしょう。
板橋警察署のおまわり程度では知るはずもないと思いますが、安冨219頁でも紹介されている福岡高判平成5年11月16日では、

被疑者の弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(以下「弁護人等」という。)は、当然のことながら、その弁護活動の一環として、何時でも自由に被疑者に面会することができる。その理は、被疑者が任意同行に引き続いて捜査機関から取調べを受けている場合においても、基本的に変わるところはないと解するのが相当であるが、弁護人等は、任意取調べ中の被疑者と直接連絡を取ることができないから、取調べに当たる捜査機関としては、弁護人等から右被疑者に対する面会の申出があった場合には、弁護人等と面会時間の調整が整うなど特段の事情がない限り、取調べを中断して、その旨を疑者に伝え、被疑者が面会を希望するときは、その実現のための措置を執るべきである。任意捜査の性格上、捜査機関が、社会通念上相当と認められる限度を超えて被疑者に対する右伝達を遅らせ又は伝達後被疑者の行動の自由に制約を加えたときは、当該捜査機関の行為は、弁護人等の弁護活動を阻害するものとして違法と評され、国家賠償法一条一項の規定による損害賠償の対象となるものと解される。

という判断を示しています。身柄不拘束とは言え、取調べ継続中に弁護人から面会の申し出があっても被疑者には知り得ないこともありますから、特段の事情がない限り「取調べを中断して、その旨を疑者に伝え、被疑者が面会を希望するときは、その実現のための措置を執るべき」とするのは至極妥当でしょう。なお、この事件での損害賠償認容額は5万円です。
こういった流れの中では、上記の記事にある判決は妥当なものと言えますが、認容額が10万円というのはいかにも少なく、捜査機関による違法行為の「やり得」を防止するため、この種の違法行為があった場合は、最低でも500万円程度の損害賠償は認めるようにすべきでしょう。

ウェザーニューズ会長 石橋博良さん死去

http://www.asahi.com/obituaries/update/0524/TKY201005240388.html

海運専門の米系気象情報会社に勤務後、1986年に民間気象情報会社の草分けとなる「ウェザーニューズ」を創業。携帯電話で個人向けに天気予報や桜の開花状況などの気象関連情報を提供するなど、幅広いサービスを展開。世界最大級の気象情報会社に育てた。

10年ちょっとくらい前に、石橋氏の講演を聴く機会があったのですが、エネルギッシュに、ウェザーニューズの創業当時のことなどを話されていて、いかにもベンチャー企業の経営者という感じで印象が強かったことが思い出されます。
太く短い(63歳というのは、やはり今の時代では短いでしょう)人生であったということかもしれませんが、もっと長生きして後進を指導してほしかったと惜しまれます。
ご冥福をお祈りしたいと思います。